アクティブラーニングをピアノにも

もう1年以上前の記事ですが、以前からこちらでも紹介させていただきたかったのでリンクを貼ります。

頭のいいバカはもういらない センター試験と偏差値序列社会の終焉

タイトルが少々過激にも思えますが、記事の主旨をとても分かりやすくまとめていると思います。

大学入試センター試験を廃止する大学入学者選抜改革だ。高校までの学習の理解度を見る「高等学校基礎学力テスト(仮称)」が新設され、現行のセンター試験が「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」に変わる。(記事抜粋)

マークシート方式のテストが記述式のものに変わるということで、正解・不正解ではなく創造力を判断する試験になるということ(後の記事で、記述式は全問中数問にとどめられるということで骨抜きとの意見も聞かれますが、数万人受ける試験でもありますし、良し悪しは一概には言えなさそう)で、教育の在り方が大きく変わっていくだろうということ、既に現場では変わりつつあることを指摘している記事です。

なんでピアノ教室が大学のセンター試験の話題に触れるんだ?本業は課題曲についてじゃないか?といわれてしまいそうですが、ここで取り上げたいのは大学受験ではなくて、ピアノを学んでどうするのかということです。

おかげさまでピアノはメジャーな習い事です。さかのぼれば、18世紀あたりのヨーロッパでも貴族のお嬢さんはピアノをたしなんでいたとか、明治の日本でも貴族の娘ならピアノくらい弾けないと、と根拠は不明ですが、ピアノを弾けることは上流階級のマストみたいなところがあって、それが一般に爆発的に広がったのが戦後の高度経済成長期のころ。子供時代貧しくてできなかったピアノを子供には、という当時のお母さんたちの憧れと家庭の経済的余裕からピアノは爆発的に売れました。

ピアノが売れて、数えきれない子供たちがピアノ教室に通いました。だけど、お母さんたちの憧れでとりあえずピアノ教室に通った子供たちのうち、大人になってもピアノを弾くという人は一握りにとどまりました。とりあえずピアノ教室に通わせて、発表会で子供の晴れ舞台を見る、というところで満足していたのかもしれません。その先には人生を大きく左右する受験と就職が待っていたから。

受験や就職とはいうものの、何を学んでどんな仕事に就くか、というより「いい大学を出て、いい会社に就職する」という漠然としたイメージが昔の日本の幸福な人生のモデルだったのですから、何を学び何を志すのかは重視されていなかったのかもしれません。戦中から戦後を生き抜いた人たちは、日々の糧を確保することで精いっぱいだったわけですから、何をするんだとか夢を追いかけてなんて話は現実離れしていて、それよりも稼げて安定していて食うに困らないことが最優先だったと考えるのが自然なのでしょう。

その考え方が近年のグローバル化で変わりつつあります。これからはAIやロボットに人間の仕事が奪われていくと言われています。技術的な面はコンピューターが早く正確にやってくれるのです。そこで人間に求められていくのは、人間にしかできないことです。だから高度な知識と技術を身につけたところで、それをどうするのかという意志がなければ機械で事足りてしまう。大切なのはどう活用するかというアイディアです。

日本にはかつてファミコンやウォークマンなどといった世界的センセーションを巻き起こした商品がありました。しかし今では国内メーカーは相次いで携帯事業から撤退しているし、電気自動車、EVだって世界では後進国とさえ言われています。技術大国なのに。反対にAppleのiPhoneが世に送り出されたとき、あのデバイス自体には目新しい技術はなかった。タッチパネルだって、白黒液晶の時代にはありましたから。iPhoneは斬新なアイディアとビジネスモデルで爆発的に売れていったのです。

だから、ピアノ教室もピアノが弾けるようになった、そうしたらその演奏技術をどうするのか、ということを意識した指導にしていけたら、と考えるようになりました。クラシック音楽の名曲や超絶技巧を弾きこなす技術はすごい。簡単に誰もができることではありません。そこでさらに、その身につけた技術を何にどう使うのか、というビジョンを明確にしたら、世界のアイディアに立ち向かう武器になっていくと思うのです。

上記の記事にもあるように、自分で考え生み出していくことを育むアクティブラーニングは、ピアノを含む音楽の世界でも有効であると考えます。

音楽を作れることを目指すとして「クリエイティブピアノコース」を掲げていますが、机の上で理論を一生懸命勉強するわけではありません。その手段については、また別の機会でご紹介します。今回は同クリエイティブピアノコースを新設したいと思うようになったきっかけの一つのお話でした。