音楽を作る作曲や、いわゆる「アドリブ」と言われる即興演奏。これができると思いますか?答えは誰にでも100%「YES」です!言い切ります。

すべての人間は作曲できる能力も持って生まれてきます。アドリブも然りです。

その根拠は?

まずアドリブから。人間の行動は常にアドリブにあふれています。日常会話、様々な選択肢、予定外の出来事に対応し最善の対策を採ることがアドリブです。そして、アドリブは必ず最低限のルールを守っています。

例えば会話。「今日の晩御飯、和食がいいな」と言われれば「じゃあ魚にしようか?」というような回答になりますね?「和食がいいな」という問いかけに対して腕立て伏せは始めないですよね?

他にも、駅で電車を待機中にトラブルで遅延が生じたときは、電車以外での最善の交通手段を探しますよね?電車が遅れているから、その場に布団を敷いて寝ることはないですよね?

このように、アドリブとは予想外の出来事が起こったときに代替案を採択して実行することで、日常的にどこでも行われていることです。

それをリズムに乗ってハーモニーに沿う形で楽器を演奏しようとすればそれなりの技術が求められるでしょうけど、それをとてつもない崇高な神業のようにあがめるのは大袈裟で、「やりたい、やるんだ!」という気持ちを持てば大丈夫。

そして作曲。そもそも作曲とは何をもって作品を完成させることなのでしょうか?ピアノ曲や管弦楽などで、ソナタ形式のルールに基づいて演奏する楽曲のことでしょうか?いいえ、もっと身近な形で作曲は可能です。

音楽の3要素としてメロディ・ハーモニー・リズムがあげられます。メロディとは言葉に抑揚をつけた表現です。お腹がすいてすいてたまらない子供が「おーなーかーすーいーたー!!」と叫ぶのは紛れもないメロディです。それを西洋音楽の12音階にのせてリズムをつければ、立派な1または2小節の歌が出来上がるでしょう。そして、子供の感情ならおそらく2音程度で表現するでしょう。そこにカデンツ(いわゆる「気を付け~礼~着席」のアレです)を当てはめてあげればハーモニーもリズムもある立派な音楽です。

幼児にハーモニーまで求めるのはハードルが高いですが、メロディとリズムならやっている子はいるはずです。全く聞いたことのない歌を子供が歌っているところを見たことがある親御さんは多いはずです。

このような原始的な視点から、音楽を作ることは誰でもできるはずなのです。

逆に、できないのだとしたらその理由は何でしょうか?不思議に思ってネットで検索したら、Quoraというサイトで似たような質問と回答がありましたので、リンクと訳を掲載します。

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Why don’t more classical musicians improvise?

なぜクラシックの音楽家の多くは即興演奏をしないのか?

クラシック音楽の学習と演奏から即興演奏が後退したことは歴史の過程にあります。19世紀末から20世紀初頭以前では、作曲家や演奏家は強力な即興演奏家であり、即興演奏は公開の場での演奏で期待されている一面でもあった。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、パガニーニ、リストそして今日名を聞かれることのなくなったその他多くの音楽家はみな即席で音楽を作り演奏する技術に長けていた。

現代のクラシック音楽家のうち何人かは即興演奏を得意としている(とりわけガブリエラ・モンテーロを最初に思い出す)がしかしもはや演奏技術の主流ではなくなり、音楽の性質とはあまり関係がなくなっている。

即興演奏がクラシックの世界から外れてしまった理由は複雑である。かつてはコンサートなどではどこでも聞けるものだった、例えば、

・協奏曲のカデンツ。歴史的には作曲されたものより即興で演奏されるものが多かった。
・主題からの変奏での即興演奏。一般的には演奏家の妙義の披露の場であった。
・歌曲やオペラなどの人気曲のポプリ(Potpourri)やファンタジア(Fantasia)を即席で創作演奏する。
・教会の礼拝での鍵盤演奏で、前奏曲や器楽の間奏曲を即興演奏したり、賛美歌に自発的に新しいハーモニーを付ける。
・バロックでの通奏。ジャズアンサンブルでのコード進行に沿ってベースや和声構造上でリズムキーボードが即興でかぶせる演奏にとても近い。

個人的にはクラシック音楽教育の制度化(職業訓練から学術的研究への変貌)や印刷・録音業界それぞれの発展が、かつてクラシック音楽の一部だった即興演奏を見ることがなくなってしまった原因と考える。しかし今一度、これは複雑な歴史なのである。

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付け加えると、現代の商業化された音楽により、ヒットチャートで「今一番親しまれている音楽」が定義され「美しい音楽とはこういうものだ」という既成概念が植え付けられてしまうことも理由の一つとして考えられます。そして、音楽の授業でクラシック音楽の偉大な作曲家たちに注目しがちなため、市民の間で流行した民謡などが忘れられたりしてはいないでしょうか?

インターネット時代、多様性を認める時代において、祭り上げられたヒーローが一番人気の音楽を提供する者、という時代から、誰もがファンを持てる身近なミュージシャンが主流になっていくであろうと感じています。

そして、高学歴就職難民という言葉が象徴するように、優れたキャリアを積んでも「自分はこうなんだ!」という主張が求められている社会になりつつあります。そんな中、音楽を自分で作り主張することは、偉大な作曲家はヒット作品というブランドにはない丸裸な自分をさらけ出すチャレンジであり個性を訴える機会でもあります。

誰もやっていない音楽で人を感動させられたら、大きな自信となることは間違いないでしょう。さあ、自分の心にしたためている思いを音楽で表現しましょう!

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